東叡山寛永寺の歴史

根本中堂

根本中堂は第五世公弁法親王の発願で天海大僧正の滅後の元禄十一年(一六九八)に五代将軍綱吉公が建立し、その本堂は壮麗雄大なことで江戸第一の建物とい われ、東山天皇から「瑠璃殿」の勅額を賜りました。しかし、慶応四年五月の辰の戦いで根本中堂など多くの建物は焼失しましたが、明治十二年に川越喜多院よ り移築され、ご本尊の薬師如来(伝教大師御作)が安置されています。 根本中堂

華やかな江戸の歴史を、鮮やかに伝える。

旧本坊表門 清水観音堂 開山堂(両大師)/天海僧正(慈眼大師)と慈恵大師が祀られています
旧本坊表門
(重要文化財)
清水観音堂 開山堂(両大師)/天海僧正(慈眼大師)と慈恵大師が祀られています
永代供養墓・納骨堂「光明閣」 輪王殿 根本中堂内陣
永代供養墓・納骨堂
「光明閣」
輪王殿 根本中堂内陣

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